登 場

写真01 上の写真は、MGC 機関紙  ビジェール1982年号 からの物ですが、それによると 右ページの右端、1974年にGM2は登場しています。 MGC の、というよりも日本のプラスチックモデルガンでは4番目のようです。 一番は言わずと知れたSIG・P210、二番は41ハイウエイパトロールマン。 三番はこの年に公開されたダーティハリー2がブレイクして44マグナムが登場しています。 そう、プラスチックモデルガンも充実してきた時期でした。 時代としては、46年規制(1971年)で銃口閉鎖、金色塗装の法律のため、それまでの黒色、銃口ガス抜けが 禁止されたために何とか出口を探ったMGC 小林部長の革命的プラスチックモデルガンの発展が見られた時代でした。
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そのあとすぐに52年規制(1977年)により銃身分離型金属モデルガンは絶滅してしまい、世の中は プラスチックモデルガン全盛期へと変わっていきます。
写真02 これは、GM−4の説明書の一部ですが、こちらは正確に記されています。
欄外の文字GM-1 等は、私が書き入れたものです。

歴代そろい踏み

写真03 GM-1 からGM-5 まで並べてみました。グリップフレームが実物同様の長さなのはGM-5 だけです。 それまでは、神保会長の方針だと思いますが、実物マガジンが使用できない短いグリップフレームでした。 GM-5 の時代にはすでに他社から実物大のプラガバやリンク式バレルが出ていましたので、もうGM-2 方式では 戦えなくなってきたころでした。

GM-2 誕生期は、日本のモデルガン業界をしょって立っていたMGC ですが GM-5 のころは、業界が成長しMGC 自身の地位も他社と対等になりつつある頃でした。 GM-1 からGM-4 まで続いた短いグリップフレームは、MGCが最大手だった時代の終わりを告げようとしていました。


メ カ

写真05 写真06

ごらんのようにセンターファイアでの登場です。当時も今もセンターファイは当局からにらまれる 機構ですが、プラスチック製だということで乗り切れたのでしょう。

写真07 しかしMGC の安全志向は重く4年後の1978年には、プレート発火式のサイドファイアに変更されます。 この方式は、その後も続き
GM−5も当初はサイドファイアでした。

しかしウエスタンアームズの 押しも有り、その後センターファイアになって現在に至っています(私見です)。 今では当たり前のセンターファイアですが、それを得るためには幾重もの安全機構と先輩たちの 地道な活動があっての実装なのです。それを忘れてはいけません。

右図はGM-2 サイドファイアの断面図です。


センターファイア型

写真08 写真10 写真09

センターファイアで登場したGM-2 ですが、すぐにコクサイが丸写しでプラガバを作りました。 右写真上がコクサイです。ただしコクサイはブローバックタイプではありませんでした。


サイドファイア型

写真11 GM2登場から4年後にサイドファイア式に改められました。 省力化もあるのでしょうが、主に安全対策ではないかと思います。

発火プレートは、右上写真のようにGM−3のパーツとほとんど同じものです。


GM 2 初期型

写真12 写真13 写真14

初期型はメインスプリングハウジングを止めるピンが、GM-1 と同じ太さでしたが フレームにクラックが入ったようで、すぐに細いピンと補強された穴に変更になりました。

左写真はオークションから取ってきたものですが、ごく初めのころはこのような色合いの 壊れやすいバレルが使用されていたそうです。右のカタログ写真のように強化バレルに変更されたようです。 なお、左のオークションの箱とカートは時代違いだと思います。

このバレルに関しては、ZEKE さんのページに詳しく書かれています。


カートの変遷

写真15 上写真の左二つがGM 2用プラカート1型、2型で右はトンプソンの真鍮カートです。 ご覧のように45口径なのでトンプソンのカート箱のデザインをそのまま使用しています。

1型・ポリワッシャ型

写真16 写真17

2型・オーリング型

写真18 写真19

アルミCV型

↓のチラシにあるように登場から4年後の1978年にセンターファイアから サイドファイア形式に変わりました。それと共にカート形式も変わって 副燃焼室のCV型になりました。アルミ製でインナーは外せません。
    CVとは、1972年に開発されたホンダの4輪車用エンジンの形式で CVCCと言います。低公害用に副燃焼室を備え、当時一世を風靡したものです。
写真22
写真20 写真21

センターを撃たずにカートそのものが前進する機構なのでインナーは動かなくても良いので 固定されています。


写真24 カートの箱は、右のチラシの物が正解かもしれません。

スタンダードと
CPオープン型

写真23 写真26

むかしからスタンダード型は、あったようですがこのタイプのカートは後期に当たるものだと思います。 真鍮製のオープン型は年代は判りませんが、チラシからするとMGキャップ用みたいです。 アルミ製は使うなと書いています。


CPカート型

写真27 写真27

だんだんと現在のCP−HW カートに近づいてきました。

CP カートは、GM−4 用に開発されましたが、その後もGM−2にも使用されるようになり 最後はGM−5が発売される頃までGM−2、GM−4は売られていました。 登場以来20年くらいも販売され愛されていました。 写真下は1992年のMGC カタログから。このカタログにはGM-5 とともに新型CP−HWカートも 掲載されています。

写真28


CPーHW型(参考)

写真29 上は参考までに92年カタログのCP−HW カートです。
今ではスモールカートと呼ばれるタイプです。 MGC のガバメントは、このフルサイズGM-5 のあと1993年には、カートもフルサイズのGM-12 になって 完成形となりました。

その後、2009年にはMGC から旅立った小林さんの会社タニオコバからGM7が プラカートのオープンカートで発売され、まるでGM−2が蘇ったようです。

写真30


刻印について

写真31 写真32

かつてはシリアルが一つずつ入れられていました。左の3092はメインハウジング・ピンが太いものです。 右写真のプレ70刻印は、いつ頃の物か分かりませんが、ほとんどのGM-2 はミリタリー刻印ではないでしょうか?


紙箱について

写真33 なかなかデザインの良い箱に入っていました。ブローバックタイプが薄青色でスタンダードは白色でした。 ブローバックタイプに金色の物もあったようです。 また、右端手前のGM−3 の箱も同じデザインですが、ようく見ると ジンク−キャスト と書かれています。

中にはブローバック用の箱が無くなったのかスタンダードの箱にブローバックマークのシールを貼っているものも見られます。 私見で言わせてもらえば、ブローバックタイプの箱の右上にあるブローバックマークが書かれていない物の方が 古いのではないかと想像しています。


まとめの表

発火方式 カートタイプ 使用火薬
センター
ファイア
1974年
プラカート・ポリワッシャ 紙火薬
プラカート・オーリング
サイド
ファイア
1978年
アルミCV カート 紙火薬
真鍮オープンカート MGキャップ
真鍮CPカート
閉鎖型

閉鎖型になるとデトネータは要らなくなり、前撃針は単なる発火のためのピンになりました。 小林さんの偉大な発明も閉鎖型カートになり役目を終えました。


おわりに

写真35 GM-2 をまとめようと思ってオークションであれこれ買っていたら9個にもなってしまいました。 さっさと記事を書いて売ってしまわないと、置くところが無くなってきました。

私は子供のころGM−2 は買いませんでした。と、いうのも最初にSIG を買って、あまりの軽さに これは違う・・と、プラスチック・モデルガンの否定派になっちゃいました。あれからうん十年、 さすがに世の中はプラスチック・モデルばかりになり、アレルギー反応もなくなりました。

プラスチックも愛おしく感じられる立派な?大人になりました。


おまけ

写真36 写真37

センターファイア型とサイドファイアの最終CPカート型